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人は人によってつくられている。

誰しもが、自分のなかの正しさに沿って生きていて、しかもそれは生まれてから誰の影響もなしに唯独りで育まれたものでは決してなく、すべて外的な影響で形作られている。

だから人は、間違いと判断されることを犯し生きていくものだ。

沢山の外的要因によって。

誰が悪いとか悪くないなどといった低次元な話ではない。

 

しかし、決して許してもらえないこともあれば、また人を許さないこともある。

ただどうしても、人いつかは消え去ってしまう。

 

常時接続の時代、過剰な繋がりの中、いまを精一杯生きることを忘れてしまう。

いま、じゃなくてもよくなってしまう。

 

明日、大切な人たちがいなくなってしまうかもしれない。

そう考えれば、人はもっと命がけで、真摯にいまを生きられるのだろうか。

もっと許しあい生きていけるだろうか。

何がやさしさであるかに気づけるだろうか。

 

きっと俺も、誰かにとって許せない存在で、同時に、許せない人がいる。

 

もっと許しあい生きていけないのだろうか。

 

 

いま俺は、そういったことを、本気で向き合って考えなければいけないときが来てしまった。今まで以上に、一人の人間の責任として。

 

そしてそんなことを、もっと多くの人に、真剣に考えてもらいたい。

いつ、愛する人が目の前から、若しくは、ここから、消え去ってしまうかわからないから。

許しあって生きて欲しい。

雪の沼田水上~新潟公楽園

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旅の想いで

 

今年1年を振り返り いろいろあったなと思いつつ

 

 

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沼田駅前のヤマザキショップでは、旨いかき揚げそばが250円。

お店のお孫さんなのか、ちびっ子が賑やかにはしゃいでいて、囲炉裏風の休憩所とマッチし心も暖められた。

そんな光景が、いつまでも続いてほしい。

 

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冬の吹割は凍結のためこの距離が限界だった。

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天ぷらそばって、聞くだけでワクワクする。

 

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吹割では滝こそよく見れなかったが、70年続く「滝の裕ちゃん」でまったりして、それだけでいい時間だった。

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いつまでも続いてほしい。

 

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水上は廃墟だらけで簡単に侵入できるのも多く見受けられた。

いつか朽ち消え去ることがこの世の運命だと思い知らされる。

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大きめのホテルが沢山置き去りにされたままだ。

もう二度とは来ない客を待ち続けている様子はなく・・・どうしようもなく雨風に打たれ、ただただ重く・・・時を刻み続けている。

 

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雪が降り始めた。

寂しい町並みも、夜にはこうして明かりが灯る。

 

1軒目にお邪魔したお店で、強烈なキャラ「世界のたっちゃん」に遭遇した。

この無礼者が!平成生まれが!俺は昭和だぞ!!チンピラが!!!などと暴言吐きまくりのたっちゃんは、なんだかんだ俺らに一杯おごってくれたり、俺のマフラーを巻くと気持ちよさそうにしたり、寂しがりのアル中じいさんだった。定年まで陸自を務めていたらしく、俺にとってはとても複雑な気持ちになる人物であった・・・。

残念ながらこの旅の間、ケータイは緊急時以外使わなかったのでたっちゃんの写真は見せられない。

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湯酒屋「安兵衛」にて。

ご主人は俺の大学の先輩だったり、水上では縁を感じる出会いが多く、一度も冷たくされることが無くて気持ちよく旅をできた。

ぜひこれを見ている人にも、夜の水上に飲みに行って欲しいと思う。

 

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一夜明け、ここまでカメラを撮り続けてくれたアリとは水上で解散し、俺は新潟へ向かう。

 

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安兵衛で情報をもらい、日本一の地下駅「土合駅」へ。

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暗い地下駅に不釣り合いな駅看板

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新潟では広い空が迎えていた。

越後線分水駅で下車、1630ごろホテル公楽園到着。

 

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今回の旅こそ、気付けばいわゆる自分探しであった。

今年は辛いこともいくつかあった。

自分の気持ちがコントロールできなくなることもあった。

周囲に迷惑を掛けたり、自分の弱さやくだらなさに気づいたりもした。

 

だけど、きっと好きにすればいいんだと思う。

自分の思うまま、それこそが長い人生の旅路で、そこに意味などない。

そう、、、意味なんてないって、わかったようでわからないことで、これからまた見失うこともあるだろう・・・そんな時はまたフラっとしに行けばいいだろう。整理がつかなければ一度すべてゼロにしてしまえばいいと、浦本も言っていた。

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どんどん夜は更けていく。

明日は7時間かけて神奈川まで帰る。

それまでに頭の中を整理整頓して、また日常に戻れたらよいなと思う。

 

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2016年に 煙草喫みは 何を思うのか

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(以前facebookで書いたものです。)

これといってどういったことを書きたいなんてイメージもないが、数週間前、煙草なんて吸えたものじゃないようなひどい夏風邪にかかり、そのまま咳の悪化で軽い気管支炎状態になった。その後1週間ほどの小禁煙を経て、ふと、煙草・喫煙について書きたくなった。

まだ何を書くかも決まってはいないが、これをテーマに文章を書きインターネット上で公開すること、それに当たっては様々な面を考慮しつつも、頭の中で思いつくところは、なるべく満遍なく書きたい。

明記は避けるが、正直なところ、僕の喫煙年数は、同年代の煙草を吸っているひとたちに比べ、はっきりいって長いほうだ。
決してヘビーではないが、一本一本、まずく喫むことはほとんどといってない。
多分、愛煙家の部類に入る方だ。

しかもそれは僕に限った話ではなく、年々、日本の喫煙率は低下をしている中、僕のまわりでは喫煙者は増える一方で、現在ではそれまで煙草を一口も口にしたことない人たちが、成人し立派に(?)喫煙者になりあが(?)っている。

世代ごとの喫煙に関する印象は、データもないから明言は出来ないけれど、時たまメディアで取り上げられる喫煙に関する話題などを見ると、それはなんとなくは読み取ることができる。
少なくとも、僕らのようなバリバリ平成生まれの若者たちは、学校では成人しても「絶対に」煙草を吸うなと言われ、父兄が喫煙者なんてものなら、やめようよと言ってあげてくださいなんて言われてきた。というか、これは世代云々の問題ではないかもしれないが、
例えば僕の母が言うには、「昔は煙草と酒は同じ感覚で、少しならいいなんて言われていた」ということもあるし、ワイドショーで「会社の面接で喫煙者を落とす」という話題をしていた際は、煙草を吸わない人たちが、「休憩するときぐらい、ゆっくり吸わせてあげればいいじゃないか」
なんて発言しているのを耳にしたりする。

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喫煙者にしてみれば寛容な意見でありがたいとも思えるが、煙草=悪といったような教育を受けてきた僕らにとってみれば、なんとなく違和感を覚えないこともない。
だって、煙草は悪いものなんだから。
そこに是非があるなら、吸っている人が、間違っているんだから。
そう教わってきた我々にしてみれば、「ゆっくり吸わせてあげろ」なんて、「他人を威嚇するような和彫りをしている人たちにだって、ゆっくり温泉に入れてあげなよ」くらい矛盾を感じる。
それくらい、喫煙に関する学校や大人たちの教えは、変容していると読み取れる。

まだ、どう結論づけるかも決まっていないが、先にも述べた通り、僕の周辺はいつの間にか喫煙者だらけになり、はっきりとは計算していないけれど、多分90%は余裕で越えている。何年か会ってなかった友人さえも、当たり前のようにそうなったりしている。

そんな何年か会ってなかった友人と、3か月ほど前のことになるが、連絡をとっていない期間を経て、お互い都合よくジャズ好き(と言っても、僕は浅いです)という一致があり、僕の部屋でレコードを聴きながら、お互いの知らない、空白の6・7年間のことを、煙草片手に語り合った。
偶然にも、同じような中・高時代を暮らし、私生活や家庭のことなど、そこまで共通点があったようにも思えない幼少期とは、打って変わったような似た者同士だった。

喫煙者や元・喫煙者ならわかるように、吸いつつも「そろそろやめなきゃ」とか「禁煙期間」なんてものは、常に繰り返される。当事者だって、世間にのさばっている明白な害の情報を知りつつ、吸うたばこに、一ミリも後ろめたさがないわけではない。
そして、もう何度繰り返したかわからない何度目かの「そろそろやめなきゃ」というぼんやりした気持ちを抱えていたとき、彼と会い、様々なことを語った。その中の話の一つに、彼の母が重い精神疾患を患い、それに苦労した過去の話があった。

幸い、今では彼の母も通常の生活をできているそうだが、彼は短くなった煙草を見つめ、

そん時、こいつに助けてもらったんだよな、
と 言った。

それから僕は、煩わしくまとわりついていた気持ちを、いったん、捨てることにした。

それから数か月経ち、冒頭にもある通り、僕はひどい風邪を引き、全く吸いたくなくなるまでの状態になった。結果的にそれは1週間という、長いようで短い禁煙期間であったが、その間、体の軽さや、味覚・嗅覚の正常化、その他諸々の感覚の正常化を経験し、煙草が「麻薬」であることを認識し、喫煙者がニコチンに蝕まれた「操り人形」だということを感じた。

そして、そんな「こいつ」とも、いつかは別れを告げなくてはならないことを改めて深く感じた。


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禁煙をしようと思う度、青春の思い出で頭が回らなくなり、死と同等ともいえる寂しさを覚え、僕はいまだに煙草をやめられないでいる。

なんせ、煙草は旨い。

しかし、これまでと違いはっきり言えることは、それは喫味ではなく、紛れもないニコチン中毒だからだ。
煙草は形を変え、喫煙スペースでも、「俺は一生煙草を吸い続けるぞ」なんて言ってたんじゃないかという面相をした人でさえ、電子煙草を使用しているなんて光景も見るようになった。

未来の先見は僕にはできないが、かつて「ガラケー」なんて名称すら周知されていなかった時代をとうに経て普及したスマートフォンのように、電子煙草はどんどん普及し、紙巻きはいずれ姿を消すであろう。
なんにせよ、煙草喫みにとって紙巻き煙草は良き思い出であり、
又、思い出になり、誰かにとってのひとときの助け役であったことまでも、排斥し、風化させる必要は、きっと、ない。

あの頃

https://youtu.be/3UKUqppuCjA

あの頃と言っても2~3年前の話で、それはあの頃と呼ぶにふさわしいかわからないが、あの頃、僕はたぶん、希望とか、明るい未来を想像することすらできていなかったと、この曲を聴くたびに思う。でもこのあと、高校3年生になり、僕はとても大切な人ができて、そこからはだんだんと幸せに日々を送れてきた。

それから数年たって、いま、日々明るいことばかりではないけれども、僕はかなり幸せで、未来をおそれてもいない。

ひと月ほど前に、2年付き合った彼女と別れた。木曜に別れて、金、土、日。4日本気で落ち込んで、それで終わり。どうでもよかったわけじゃない。死にたくなるような孤独感と戦って、これ以上落ち込んでも仕方ないことに気づいただけ。自らが明らかに大人になっていることを感じられたことは、ある意味では そうなってよかったことかもしれない。以前大好きな人に振られたときは2年間も落ち込んでいたのだから、本当に成長したもんだと思う。

ながく自分の心に響く言葉は、その場では理解できないことの方が多い。というよりも、最初はよく理解できなかったからこそ、あとから響くから記憶に残りやすい。そんな言葉のひとつ、iさんの話を、僕はよく覚えている。

すこしぼかして書くが、iさんは僕の4つか5つくらい歳の離れた先輩だ。学生時代に、大好きだった親を亡くした。とても頼りにしていたらしく、おそらく想像の範疇をこえる落ち込み方をしたと思う。最後の挨拶に訪れた人たちが、同情の言葉で先輩を慰めたが、1人、親友だけは、「よかったじゃん」と声をかけた。もちろん、この言葉の意味は、あの頃の僕に、簡単に理解できるものではなかった。

今では、希望を失いかけたとき、この話をよく思い出して、そのたびに反芻する。また、ショッキングな出来事が起きて落ち込んでいる友人には、最後に「よかったじゃん」と声をかけるようにしている。たいていのことは、結局、それでよかったと思えるはずだ。それか、死。基本的に人間は、最後に希望が持てるようになっていると、僕は思う。そうでなければ、死だ。無学だけど、悲観や自殺は世の中で一番罪なことだと思っているし、よく生きようと思ってさえいればそれだけでいいとも思っている。悲観なんて、あの頃の僕のイメージそのものといっても過言ではない。でも、久しぶりに会った友人に、「昔のお前はどうした」と言われるくらい明るくなった。「昔のお前の方が好きだ」なんていう人もいる。まぁなんかそれもわかる。しかし、過去の自分を捨てるような言い方だけど、そんな自分だからこそ言えるのは、悲観は本当に意味がないことだ。時期としてあってもいいかもしれないが、繰り返しだけど、楽観か死か。生き方にはその2つしかない。


あの頃、あの頃も、酒を飲み、こうして文章を書くことをよくしていた。それは今もなお変わっていない。昔の文章を見ると、恥ずかしくて消えてしまいたくなることもあるが、それはそれでいいような気がしている。それも、大人になっていくことだ。大人になることはきっとなにも悲しいことじゃない。人生、未だに知らないことも多くて、そんな未知に出会ったとき、この上ない幸せを感じて、結局僕は、楽しく生きられている。

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