人は人によってつくられている。

誰しもが、自分のなかの正しさに沿って生きていて、しかもそれは生まれてから誰の影響もなしに唯独りで育まれたものでは決してなく、すべて外的な影響で形作られている。

だから人は、間違いと判断されることを犯し生きていくものだ。

沢山の外的要因によって。

誰が悪いとか悪くないなどといった低次元な話ではない。

 

しかし、決して許してもらえないこともあれば、また人を許さないこともある。

ただどうしても、人いつかは消え去ってしまう。

 

常時接続の時代、過剰な繋がりの中、いまを精一杯生きることを忘れてしまう。

いま、じゃなくてもよくなってしまう。

 

明日、大切な人たちがいなくなってしまうかもしれない。

そう考えれば、人はもっと命がけで、真摯にいまを生きられるのだろうか。

もっと許しあい生きていけるだろうか。

何がやさしさであるかに気づけるだろうか。

 

きっと俺も、誰かにとって許せない存在で、同時に、許せない人がいる。

 

もっと許しあい生きていけないのだろうか。

 

 

いま俺は、そういったことを、本気で向き合って考えなければいけないときが来てしまった。今まで以上に、一人の人間の責任として。

 

そしてそんなことを、もっと多くの人に、真剣に考えてもらいたい。

いつ、愛する人が目の前から、若しくは、ここから、消え去ってしまうかわからないから。

許しあって生きて欲しい。